代理品

 

俺は結局誰も信じる事は出来ない。
裏切られて辛いのが嫌なんだ。
弱い男だと罵られても構わない。
もう、あんな思いは二度としたくない。
人を好きになる事で苦しむくらいなら。
いっそ。
何も感じない人形にでも成り下がる事が。
出来たなら――。

その言葉は余りにも唐突すぎた。

頑なに心を閉ざし。
感情を表に出さず。
喜びも、哀しみも、怒りすらも。
氷に覆われた彼の心からは。
氷の膜の張った彼の瞳からは。
何も、何も感じ取れない。
彼の心を溶かす術が見つからない。

それが悔しくて、苦しくて。
まるで八つ当たり。
葵威――アオイの体を組み敷き、力で捩じ伏せて犯した。
牙聖――ガセイの下で乱れ、狂いこそすれ。
それでも瞳には一切の無感情。
何も、感じないというのだろうか。
そんな彼に戸惑いを見せた牙聖は項垂れた。
体を清め、ベッドへとその体を寝かせ。
溜息をついた瞬間だった。
寝ているとばかり思っていた、葵威からその言葉が零れたのは。


「人間が生きている価値というのは、どれだけ他人に必要とされているかという事だ」

向こうを向いた彼の声は、どこかくぐもって聞こえた。
何か膜を通して聞こえるそれは、本音か。
氷に守られた彼の心の、本音か。

牙聖は一瞬躊躇ったが、思った事をそのまま口にする。

「人間の価値なんて、人に決められるものじゃないよ」

「決められるものなんだよ」

何か、あきらめた様な口調だった。
何を知っているというのだろう、この、少年は。

「誰にも必要とされない人間は、存在する価値などない」

「誰にも必要とされない人間なんていない」

「本音じゃないだろう……そんなものは偽善だ」

先程の名残か、掠れた声で言葉を吐く葵威の姿は。
全てを拒絶しているように見えた。
ゆっくりと起き上がる。
痛みに呻く事はなかった。

「――俺は。誰の言葉も信じない」

牙聖に言い聞かせているようには、聞こえなかった。

「言葉なんて所詮偽善だ。誰かが『必要だ』と言ったとしても、その腹の内で何を考えているかなんて誰もわからない。下らない、言葉なんて偽善でしかない」

「わからないけど、ことばが真実かもしれない」

「そうかもしれないけど、わからないだろう」

「葵威は、信じるのが怖いだけだ」

「信じて裏切られるくらいなら、それで自分が辛い思いをするのなら――そう言われても仕方のない事だ」

葵威の言葉は静かだった。

「俺はもう、誰も必要とはしないし、誰からも必要とはされていない――俺は『居ない』筈の存在」

含みのある言葉。
以前は、違ったとでもいうのか。
ならば何故、此処まで彼は頑なになったのか。
牙聖は沈黙する。
次の言葉を待つ。

「言葉を信じるのが怖い……俺は。もう、何にも裏切られたくない……信じる事で苦しい思いをするのは、嫌なんだよ……」

「だから葵威は、全てを閉ざしているのか?」

感情を押し殺し。
他人に入る隙を見せず。
何とも関わらず。
真の言葉を受け取ろうとせず。
信じる事をせず。

「人を信じる事で、人を愛する事で。俺はもう二度と傷つきたくない――」

根底は其処にあった。
葵威という男は。
誰も信じたくないのだ、誰も愛したくないのだ。
――傷つくのが嫌だから。
自分を護っているのだ。
拒絶で自分を固める事で。
自分の精神を守護しているのだ。

「……人間なんてもの、所詮は誰かの代理品でしかない」

吐き捨てるように、葵威は呟いた。

「それでも」

牙聖は、動いた。
背を向けたままの葵威を後ろから抱く。
抵抗はなかった。
だが、受け入れているようにも見えなかった。

「『俺』にとっての『葵威』は、誰にも代えれる事は出来ないよ」

葵威は沈黙した。
沈黙して、瞳を閉じた。
牙聖はなんとなく分かっていた。
今、彼に与えるべき言葉はこれだけだと言う事を。


何も感じない人形になる事が出来たなら。
今も、何も思わずに済むのに。
なのに。
なのに。
牙聖の言葉に。
心が、軋むのは。
何故。

 


a

意味がよーわからんですね、年内うpラストになる予定だったのに…。
書きたい事はあったのに、テス勉しながらだと上手く纏まらん。
他人の言葉って所詮、信用できないですよね。偽善に聞こえますよね。
つたない作品ですが、有難う御座いました(2005/12/05)

 

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