赤。
橙。
黄。
緑。
青。
白。

光が。

散る。
音を立てて。

破裂する。
音が。

響く。
弾ける光の華より少し遅れて。

鼓膜を揺らす。

成る程この、咲いては散るこの光を。
『花火』と名付けた先人は、美しい日本語を造ったと。

アオイ――葵威は漠然と感じた。
――何て美しい。


「珍しいモンでもないだろ、花火ぐらい」

立派な数奇屋造りの旅館の7階。
少し離れた河沿いで花火大会が行われており、二人が宿泊するその部屋からは見事なまでに咲き誇る華を見る事が出来た。
夏と言えど少し冷える夜、浴衣一枚羽織っただけにも関わらず。
葵威は外に出たまま、ただ花火を呆然を見ていた。
少し尋常ではない彼の態度に、ガセイ――牙聖は室内から声をかけて呼び戻す。

「いや……これは何か、圧倒される。他とは明らかに違うものだ」

葵威は苦笑し、手すりに手をかけた。
差さえ無しに十数分立ちつくし、少し疲れたらしい。
牙聖は手に持った焼酎を机へと置き、冷える外へと出た。

「それはいいんだけど、寒くないのか? すっげぇ冷えてるけど」

僅かに酒気を帯びた吐息が、葵威の腕へと滑る。
手の甲へ小さく落とされた口付け、其処からじわりと広がる熱。
だが其れも直に消えて、元の冷たさが体を支配する。
まるで夜空に広がる花火の如く。
屈んでいた牙聖が葵威の手を握ったまま、ゆっくりと立ち上がる。
そしてもう片方のてのひらは、つめたい頬に添えられた。
少しだけ葵威が見上げる形となる身長差が、今日程心地良いと感じた事はないだろう。
甲へと落とされたものと同じ熱が、額に触れる。
そしてゆっくりと言葉を奪った。
普段なら振り切るかもしれない、その両の手を。
しかし振り切る事は無く、葵威は瞼を下ろし掴まれていない手を牙聖の背へと回した。
じわりと体中に廻る熱。


赤と橙が黒の空に舞う。
――漆黒の心を溶かす暖かな熱。

色は緒を引いて、そして散る。
――ゆっくりと離れていく、薄れていく熱。


「……抵抗しないのな」

「あれを見て心が落ち着いていたから。それに俺も、嫌じゃなかった」

繋いだ手だけは離さず、体だけが遠ざかる。
意外だな、と牙聖は小さく呟いた。
橙が二発、弾けてその声はかき消される。
葵威は視線を再び空へと向けた。
滅多に見る事の出来ない、穏やかな色の眼。
牙聖は少し不満気に瞳を細めた。

光が打ち上げられ、だがそれは華とはならず流星の様に幾本もの軌道を描いて降り注ぐ。

「花火に嫉妬か?」

その視線の意味に、葵威は気付いたらしかった。
ちいさく、笑う。
何時もの嘲笑に見えて、だが瞳は和ぎの色。

「……悪いかよ」

おもいきり、不貞腐れる。
葵威はそんな牙聖を馬鹿にする事も無く、笑みを零した。

葵威をこんな表情をさせたのが、『自分』ではない事が少し悔しい。
確かにこの花火は美しいと感じる。
だが、それ以上に。

――お前の方が余程、美しいと。

繋いだ手を解く。
不思議そうに見上げてくる双眸。
牙聖は片手で葵威の体を抱き寄せ、もう片方の手で頭を捕らえる。
抵抗する事もなく、葵威の両の手は牙聖の首の後ろへと回された。
再び落ちる口付け。

大輪が咲く。
辺りがほんの少し明るくなり。
一瞬だけ二人の頬を紅く染める。

先程の触れるだけの其れとは違う。
熱を伴った舌が、誘われるように葵威の口内へと滑り込む。
互いの其れが擦れ合う度に、熱は痺れとなって全身へと廻った。
どちらのとも判らない唾液が混ざり合い、口付ける角度を換える度に水音が跳ね、口の端から流れ顎へと伝った。
葵威の髪を梳きながら、乱す指。
心持ち、上を向かせる。
仰け反る喉は白く、だが打ち上げられた橙によって仄かに染まる。
その様子を二人は知る事は出来ない。
普段よりも明らかに従順で大人しい葵威に、牙聖は完璧に惹かれていた。

幾本もの華が、無差別に咲き乱れる。
重なり、重なり合って。
散る、舞い散る。
音が鼓膜を揺らす、何も聞こえない。
相手の、自分の心音すらも何もかも。

可愛い、であるとか。
格好いい、であるとか。
愛してる、であるとか。
常日頃口にする言葉。
そして殴られる。
自分も半分冗談だから。
その様な反応が返ってくるのを知っているから。

今は、言えるかもしれない。
真剣に。
真剣な。
感情を。

ゆっくりと体を離す。
口元から零れた雫を隠すように、葵威は口を手で覆った。
乱れてはいない呼吸。
だが目元に浮かぶのは欲の色。
口付けを初めて経験したかのような、まるで其の姿は処女の様。
鼓動が高鳴る、心が疼く。
葵威を愛しているのだと。

華はもう上がらないのか。
音は何も聞こえない。

辺りは暗い、何も見えない。
目の前に居る其の人以外に。

――今は、言えるかもしれない。

「花火なんかより、お前の方が美しいよ」

葵威は眼を瞠った。
殴らるかもしれないな、と牙聖は少し躊躇ったがそのまま言葉を続けた。

「――……抱いても、いいか?」

ひゅ、と。
葵威の喉が鳴る。
牙聖の袖を掴む力が強まった。
視線が動揺した様に彷徨い、自身の手へと辿り着いた。
何故?
此れが初めてでもないのに、体が小さく震えているのは。
やがて葵威は瞼を下ろした。
俯いてしまった彼に、牙聖は矢張り失敗したのではと落胆し嘆息をつきかけた。
外で葵威が行為を認めた事は、一度も無かったから。

「やっぱり、――」

「…………ない」

「え?」

俯いたまま、葵威が何か呟いた。
牙聖は上手く言葉を拾えずに聞き返す。

「構わない、と言った」

俯いたまま、それでも今度ははっきりとした言葉。
今度は牙聖が眼を瞠った。

「……そういうのも、悪くない、気分だ」

そう言って微笑んだ葵威の瞳にあるものは。
氷でも闇でもなく。
それを溶かす暖かな光。
闇を照らす一輪の華。

 

 

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夏ですから、季節ネタを少々。こういう文章って、書くの好きです。
何だかくどい表現ばっかで退屈させてしまったかもしれませんね、力不足だ。
このキャラ二人にはとても愛着があります、設定も色々あるんですヨ。
いつか彼等の本当の姿もご紹介できたらいいなと思います。有難う御座いました(2005/08/15)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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