雪とさなぎ。
僕は此処へ来て。
君と出会った。
君は美しい。
その偉大さが、纏う空気が。
外見に惑わされない。
僕だけは知っている、君の本当の美しさを。
君は様々な事を知っている。
「ずっとここにいるのだから」
君はずっと此処にいるんだね。
僕が此処へ来るずっとずっと前から。
君は此処でこの景色をずっとずっと見てきたんだ。
君は何処へも行けない。
だから此処以外の何も知らない。
僕は様々な事を知っている。
下らない世の中を這いずって生きてきた僕は。
君の知らない汚い事を知っている。
「ずっとここから、うごけないのだから」
君はずっと此処にいるんだね。
外の汚い世界を知らなくても、君は咎められない。
僕は。
僕は。
そして僕は。
旅立つ。
「きみは、きれいだよ」
君は僕に、最後に僕に。
そう言った。
朽ちた君は僕に。
最後に僕に。
こう言った。
僕はそして旅立つ。
君と離れて。
大空を飛ぶ。
穢れきったこの大空を飛ぶ。
君は。
君はずっと此処に居る。
朽ちて尚。
君は此処に居る。
なら何れ僕も此処に帰ろう。
例え君の面影が失われていようとも。
例え君の見てきた景色がなくなっていたとしても。
僕も此処に帰ろう。
全ての源へ帰ろう。
君は。
君は、
僕は。
僕は、
僕達は。
『全ては此処から始まったんだ』
「……本当に切っちゃうんですか」
「仕方ないだろ。ここはもう別の人の土地なんだから」
「だけど、これは『一本の木』ってだけの問題じゃないでしょう」
随分昔、この木の下で出会う事を約束した二人の男女。
そしてその約束の木が今まさに、切られようとしている。
遠くから見つめる二人の男女。
まだ幼さの残る少女はその情景を見つめながら、眉間に皺を寄せて、表情を固定していた。
傍に立つ男は、そんな少女の表情を見つめながらら、眉間に皺を寄せて、表情を固定していた。
「この木がなくなったら、二人は二度と出会う事が出来ないかもしれない」
「つか、とっくに死んでるかもしれねぇだろ」
不謹慎な事言わないでよ、と。
少女が男の腹を思いきり殴った。
いい所にきまったらしく、男は小さく呻いて蹲ってしまった。
「わからない、わからないわ大人の考える事なんて」
少女の呟きは果たして、不謹慎な男への言葉なのかそれとも。
この木を切る事を決断した人物達への言葉なのか。
「わからなくていいよ。君はまだ子供なんだから」
「そうよ。そして『これ』が『大人』の姿なら私大人になんてならないわ」
くるり、と少女は踵を返した。
漸く立ち直った男が、それを呼び止める。
そもそも工事を見ると言い出したのは少女の方なのだから。
「見ていても工事が止まらないのなら、私はもう見ない」
当たり前だろ、と言っても今度は何も言わなかった。
溜息を一つ、男もその後をゆっくりと追いかける。
と、少女が突然立ち止まった。
「どうしたの」
「死んでる」
「なにが」
「…………蝶々」
可笑しな話だった。
道路に少しだけ積もった雪の上に、乾いた蝶々が。
少女がゆっくりと、手を伸ばす。
吸い寄せられるように。
ゆっくりと。
風が、吹いた。
「……消えちゃったね」
男が、呟く。
風にのって。
ばらばらになった欠片が飛ばされていく。
少女は何も言わずにまた歩き出す。
太陽の光が雪にあたる。
きらきらと、光る。
其の中を悠然と歩く少女。
その背に翼を見た気がして。
男は何も考えずに言った。
『君は、綺麗だよ』
少女は立ち止まる。
そして少女は振り返る。
そして少女は、小さく微笑った。
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