君に逢いたくて逢いたくて、なのに逢いたくなくて。後篇

 

「――ろ。起きろ! この屑!!」

知った声だった。
自分の声に似ていた。
だけどこの吐き捨てるような物の言い方は――。

「……なんで、いるんだよ。アッシュ」

俺はゆっくりと体を起こす。
背中を冷えた空気が撫でて行く。
どうやら酷く汗をかいているらしい。
気持ちいいと思う前に、ただ寒かった。
何故起こされたのか、明らかにまだ夜中だ。
それに、何故此処に居るのか。

そうして俺は振り返る。
さも当たり前のように『本物』は、アッシュは其処に居た。
相変わらず不機嫌をそのまま顔に貼り付けた様な表情で。
腕を組み、窓枠に凭れ掛かっている。
ただ何時もと違うのは前髪が降りているのと、私服である事。
それだけなのに、どうにも新鮮に思えて仕方がない。
俺はその事にちょっとだけ笑えた。

「なんで、だと?」

アッシュは逆に、更に不機嫌度を増したようだった。

「下らねぇ事言ってんじゃねえ。お前があまりに五月蝿いから黙らせに来たに決まってんだろうが!!」

相変わらず、一言言えば怒鳴り散らされる。
まぁ、夜だからという事もあってか、少しは抑えられてはいたが。

「うる、さい――?」

ただそんな事より、俺はアッシュの言う事が全然分からずに首を捻った。
その様子が更に相手を苛立たせた、らしい。

「無自覚だったらぶっ殺すぞ」

「ご、ごめん。たぶん、無自覚」

俺がそう言うと、長い溜息をつかれてしまった。

「俺……何か、言ってたのか?」

「五月蝿いんだよお前。ここの所ずっと。夜中にずっと」

「夜中……?」

ますます心当たりが、ない。

「いい加減黙らせようと思って、わざわざこんな所まで来てやったというのに……」

もう一度長い溜息をついて。
アッシュは真っ直ぐに俺を見た。

「俺に何の用だ」

「は?」

「散々人の名前呼びやがって。安眠妨害もいい所だ。よっぽどの用じゃなけりゃ本当に叩き斬るからな」

俺は黙った。
黙るしかなかった。
夢の中で呼べなかった名前。
それを俺はずっと、ずっと呼びかけていたらしい。

そして、こうやって此処まで来てくれたらしい。
そう思うと少しにやけた。

「……用事なんてないよ」

意外にも、何も言われなかった。

「アッシュに逢いたかっただけだ」

それでも、何も言われなかった。

「逢って、言いたい事があったんだ」

「…………言ってみろ」

驚くぐらい、静かにそう言われた。
まだ、真っ直ぐに視線が交わっている。

「俺はお前の『居場所』を奪っちまった事を後悔してる」

「別に、お前がやった事じゃない」

「だから、何時かは返さなきゃいけないって思ってる」

「今更戻れるかよ。それに、お前には行く場所がない」

「でも……」

意外と、俺は笑えた。
どういう訳だか、夢の中で悶々と悩んでいた事が、少しだけスッキリした気がしていた。
理由はどうあれ、アッシュが自分の所に来てくれた事が嬉しい。

「でも、俺。まだやらなきゃいけない事がある。それが終わるまで、『俺』は『俺』として、居させて欲しいんだ」


代理品じゃなくて、一人の人間として。
きっと俺が一番怖かったのは。

――アッシュに否定される事だったんだ。

だから、アッシュに言いたかった。
だから、逢いたかった。
だけど、逢いたくなかった。
夢で名前を呼べなかったのは、気持ちがぐちゃぐちゃに混ざってたからなのだろう。
なのに無意識に呼んでいたのは、矢張り逢いたい気持ちが強かったからだろう。

「もう少しだけ、俺が『此処』に居る事を認めて下さい」

そう言って頭を下げた。
相手が動く気配は、全くなかった。
なかったのに。
気がついたら、すぐ目の前に居た。
流石。
でも顔を上げる事はなんとなく、出来なかった。

「だからお前は屑なんだよ」

何時も言われてる言葉なのに。
どういう訳だか、今はすごく優しく聴こえた。
下げた頭、髪にぐしゃ、と手が置かれる。
普段剣を握るその指先が、髪をすり抜ける感触はくすぐったかった。

「俺はお前が嫌いだが、認めてないわけじゃねぇ」

言い放つと、アッシュは俺の頭を解放した。
其処で、漸く顔を上げることが出来た。
アッシュは相変わらず不機嫌をそのまま顔に貼り付けた様な表情で。
其処に居た。

「だから、俺を言い訳に自分を否定するのだけはやめろ」

見透かされていたのか、どうだか。
アッシュは踵を返した。
どうやら帰るつもりらしい。

俺は思いっきりその背中に抱きついた。

「な……!?」

「来てくれて、ありがとう」

たぶん、この屑が! って言いたかったのだろう。
口が開かれる気配はしたものの、何も言われなかった。
俺は振り払われない事が嬉しくて、当分そのまま抱きついていた。

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オチは何処…?ルクアシュだかアシュルクだかわからんな。
寧ろ場所と時間は何処?(笑)細かい事は気にしちゃダメよ。
アッスが前髪落ちてるのは夜だからじゃなくて神前の趣味、それだけ(´∀`)
でも、言いたい事はかけたんでよかったです。有難う御座いました(2006/01/06)