懐かしい温度

 

――真っ暗だ。

瞼が、重い。
それに体が思うように動かない。
四方から四肢を固められている様な。
石にされた気分だ。

――俺はどうしちゃったんだろ?

確か、火の封印を解放して。
次の町に向かう前に、トリエットでもう一泊しようってなって。
それからの、記憶がない?
そのちょっと前から、何か頭がすごく重くて痛くて。
辛いなぁって思ってたから。

――ひょっとして、俺倒れたのか?

そうだとしたら、他の皆に迷惑かけてる事になる。
早く、早く目覚めないと。
なのに体は重い。

――ちきしょー……足手纏いにはなりたくねぇのに……?

あったかいものが。
おだやかな熱が、頭の方から広がってくる。
ひとの、体温だ。
癒しの魔術。
誰かの、てのひら。
あやすように撫でられている髪。
そう言えば昔似たような経験をした事がある。
眼を開ける事が出来なくて。
体がとても重くて。
そのときも、あったかいものが。
こうやって、体中に広がっていって。

――何か、柔らかい……。

昔って、何時だっけ。
でもこの柔らかいカンジは、親父じゃなくて。
なんとなく、先生に似てるような。
て事はおんなのひと?
……じゃあもっともっと、昔の事だ。

きっと……父さんと母さんと一緒に居た頃。
記憶は覚えていないけど、体が知ってるんだ。
体がふわふわする。
気持ちがいい。

――あれ、でも……。

何か違う気がする。
このてのひらは、この温度は。

――本当に、母さんのものだったのだろうか?


「……少しは落ち着いたらどうだ?」

氷を入れた水を洗面器に入れて、持ってくるように頼んだ筈が。
何故か彼女までも水浸しになって帰ってきた。
理由は至極簡単で、一度こけてしまったから。
だがドジな訳ではなく、単に焦っているだけ。
だから彼は、彼女にそう言った。
枕元に置いてあるタオルを手渡し、代わりに洗面器を受け取る。
そして別のタオルをそれに浸し、ベッドで眠る少年の額へと乗せた。

「どうしよう……大丈夫かな、やっぱりお医者様に頼んだほうが……」

「熱があるのも今の内だ。それに、医者になど見せれる訳がないだろう? ……少しは自分の心配もしたらどうだ」

「だって、心配じゃない」

溜息をつく。
純粋な感情だけで動いているのだ、彼女は。

彼は、彼女の瞳を覗きこむ。

「……後は私に任せておけ。お前はもう寝なさい」

恐らく先程転んだのもそのせいなのか。
覗きこんだ先にはまどろんだ瞳。

「ちょっ……この子の熱が引くまで此処に居るわよ!」

「普段ならとっくに眠っている時間だろう? お前も疲れている、共倒れにならない内に寝なさい」

「でも――」

更に食い下がる彼女の双眸を覆い隠すように、彼はてのひらを伸ばした。
ほんの少し『力』を加えれば、彼女の瞼は直に重くなる。

「こんな時だけ――ズルイわね、貴方は……」

そう言い残し、彼女は彼の腕の中へと落ちる。
先程より深い溜息をつき、彼は別のベッドへとその体を下ろした。
そしてシーツをかけてやる。
再び少年の傍へ戻り、椅子へと腰掛けた。

「狡い、か……二人とも大切だから、守りたいから。このくらいのハンディはあってもいいとは思わぬか?」

熱のせいか、汗で濡れている少年の前髪をどけてやりながら、苦笑しつつ話し掛ける。
眠っているのだから返事はなく、当然期待などもしていない。
彼はそのまま、治癒の光を湛えたてのひらで少年の頭を優しく撫で続けた。

「お前はもう少し、落ち着きのある子に育てばいいのだが……何によ、早く良くなれ…………『ロイド』」


眼が覚めた。
夢を見ていたのだろう、か。
今の、二人は誰?
とても懐かしい気がしたのに。

――なのに一番近くに居る気がするのは何故?


「起きたか」

瞳を横にずらす。
見知った顔が其処にはあった。

「クラトス――? 俺は……」

「神子達と買い出しに行った途中で倒れた。疲れが溜まっていたのだろう」

大方自分でつけた想像通りだった。

「アンタ、ずっと看ててくれてたのか?」

「先程まで神子が居たのだが……もう遅いので眠らせた。無理をして共倒れされても困るからな」

「そっか……――?」

それはまるで先程まで見ていた夢にとても似ている。
じゃああの女性は、コレット?

――違う。

「どうした?」

それきり黙ってしまったのを不審に思ってか、クラトスが覗きこんでくる。

「いや……何か似てるなぁって思って。俺今夢見てたんだけど、……夢っつーか昔? っつーか。……何か、知ってるんだよなぁ、この状況」

言葉に詰まりながら言いたい事を伝える。
それを聞いたクラトスの視線が、一瞬だけ泳いだ気がした。

「たぶん父さんと、母さんが居た頃で――って、あんま覚えてねぇけど……」

「先程の神子とのやりとりを無意識に聞いていたのだろう。夢と重ねてしまっているだけだ……」

まるで話を遮るようにクラトスは言い、額の上にのせたタオルを取り替えてくれる。

「夜が明けるまではまだ長い。今の内にまた眠っておけ、明日にはもう出るぞ……」

そう言いつつ布団を掛け直してくれる。
その動作が余りにやさしいもので、思わず笑ってしまう。

「……何だ」

「とーさんみたいだな」

クラトスは何も言わず、再び椅子へと戻った。

「お前はもう寝ろ、何かあったら呼べ」

ただ一言だけ言い捨てて、今度こそ黙ってしまう。
だけど、まだ此処に居てくれるのだという事が嬉しくて。
何時もは嫌いだって思ってたけど。

――何となくあったかかったから。

今日だけでも『懐かしい』気分に浸るのも、悪くないんじゃないかな、と。
思いつつ、再び瞼を下ろした。

懐かしい、温度の中で。

 

 

a

久々に書きましたシンフォニア、中間に出てくるアットホームはアウリオン一家になります。
アラ不思議、どうやらクラアンみたいに見えるぞ、何でかな。
宴の妄想アンナさんは、すごく一途でパニック症で強がりなカンジです。
有難う御座いました(2005/08/20)