全てを破壊するその力が誰かを護れればいい

 


力が欲しかった。
護りたかった。
自分という存在で歪んだ世界を。
それでも必死に愛したかった。
例え赦されないとしても。

月が出ていた。
夜なのにその光は煌々として銀世界を照らす。
ざく、と雪が踏みしめられる。
そして白の上に、滴り落ちる赤い筋。
幾つも残された足跡と、随所に腐り落ちた魔物の残骸。
静かな雪原に、一人佇む赤い青年が居た。

「力が欲しい」

誰に聞かせるでもなく、呟く。
同時に、背後から飛びかかってきた魔物を一瞥もくれずに薙ぎ払う。
速さと力で肉が裂け、新たな血飛沫が白の上に舞った。

「ごめんな」

ひゅん、と血糊と体液のついた剣を振る。
そして街の方を見た。
随分遠くまで来ていたらしい。
きらきらと光る、街の灯りから少し距離を感じた。

「……帰ろ」

布で軽く液体を拭うと、それを背の鞘へと収めた。
魔物を引き寄せる液体の効果ももう、薄れてきたようだ。

この銀世界の街に泊まって二日目。
旅に一息つく余裕が出来、折角だからと三日程宿泊する事になった。
大きな街だから、各々したい事をしたい様にやっているだろう。
そしてルークは。
夜中忍びで街を抜け出し、一人で魔物を斬り続けた。

ただ、力が欲しかった。

ざく。
雪を踏みしめる音が、ルークの耳にやけに響いた。
五月蝿いなと、普段気にもしないような事なのに、何故か苛々とした。
普段の格好のまま出てきてしまったから、剥き出しの肌に直接突き刺さる風が痛い。
戦闘中は熱いと感じるのに、今となっては完全に躰は冷え切ってしまった様だ。
汗で湿った髪が、凍っているかの様に冷たくなっていた。
風邪をひいてしまう、客観的にそう思った。

そして、その瞬間に視界が切り替わった。

「あー…………風邪ひいたかなぁ」

膝から下の感覚が、ほとんどない。
気付けば白い地面に座りこんでしまっていた。
寒さは肌を突き破り、内臓までも凍らせてしまいそうで。
ルークは『自分』が凍っていくのを感じていた。
地についた足から徐々に。
氷付けにされていく。

「なんか、眠い……」

ついさっきまで『寒い、冷たい』と感じていた筈なのに。
どういう訳だか、ぼんやりと躰があたたかい。
つめたさとあたたかさの狭間で、ルークの意識は朦朧としていた。
瞼が、どうしようもなく重かった。
徐々に失われていく視界の片隅で、鋭い爪を持った魔物が、其の凶器を自分に向かって振りかざしているのが見えた。

それでも、剣にルークの手が伸びる事はなかった。

完全に意識が、途切れた。


「……ッ!! 起きろこの屑!! 起きろっつってんだろうがッ!!」

ぱん、と。
怒鳴り散らす声よりも、その小さな渇いた音で目が覚めた。
頬にじんと、温かさが灯った。

「あ……しゅ…………?」

段々と視界と意識が明瞭になってくる。
覗きこんでくる自分と同じ顔――アッシュに、漸くピントが合った。

「……この出来損ないの死に損ない!! 何考えてやがる!! 死ぬ気か!?」

意識が戻ったと分かった瞬間、アッシュが怒鳴った。

「……死ぬつもりなんてないよ」

「じゃあてめぇは正真正銘の屑野郎だな。こんな所で一人で何してやがった」

ルークはゆっくりと、起き上がろうとした。
が、意識ははっきりしたものの躰が重い。
周囲を見渡せば、自分が倒れていて、それを何とかアッシュに支えられている、という状況が理解できた。
少し離れた場所に、意識を失う前に見た魔物が、残骸となって崩れていた。

「聞いてんのか!」

「聞いてるよ……。そんなに怒鳴らなくてもいいだろ」

「な…………ふざけんな!! 俺がどれだけし――」

言いかけて、黙った。
不機嫌しか知らないのでは、と思っていたアッシュの表情が、狼狽えるように歪んだ。
それを見て、ルークが小さく笑う。

「し?」

「っく……意識があるならさっさと退け! 重い!!」

にやにやしているとどすん、と振り落とされた。
その衝撃で、躰に感覚が戻ってきた様に思った。
躰を起こして、アッシュの向かいへと廻った。

「心配してくれたんだ?」

「だっ……黙れ劣化品! 質問に答えろ!」

思い切り顔を逸らされてしまった。
どう自意識過剰に考えても、照れ隠しとしか見えない。
そんな彼の不器用さに苦笑しつつ、ルークは口を開いた。

「力が欲しかったんだ」

「力?」

「うん……」

街一つを消滅させた強大な力。
制御すら出来なかった自分。
何一つ、見抜けなかった自分。
何一つ、考えようともしなかった自分。
罪のない人々を。
罪のない日常を。
愚かな人形は、いとも簡単に破壊した。

「少しでも多くの人を護る力が欲しかったんだ」

赦されないとしても。

「この辺の魔物に罪はないけど……それでも俺は、進まなくちゃいけないから」

英雄になんてなれなくていい。
此れはせめてもの贖罪なのだから。

「……だったら」

アッシュは何時の間にか視線をこちらに戻していた。
グローブに包まれた両腕が、ルークの肩を捉える。
そしてそのまま、ルークの躰はその腕の中へと引き寄せられていた。

「だったらこんな所でくたばりかけてんじゃねぇ。自分の管理すら出来てねぇようじゃ、只の屑だ」

身長すら寸分違わぬ存在だから。
小さく呟かれた言葉は、それでもルークの耳元に届いた。
温かな吐息が首筋にかかり、そこから熱が拡がっていく。

「…………ありがと。アッシュ」

「ふん」

力が欲しかった。
護りたかった。
自分という存在で歪んだ世界を。
それでも必死に愛したかった。
例え赦されないとしても。

――君が居る世界を護りたい。

 

 

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神出鬼没アッス、きっとストーカー。
若しくはローレライ電波(勝手に命名)
前半のルクが何だか病気的ですね。
そしてアッスが乙女すぎて後で砂吐。
柄にもなく甘い雰囲気なんか書いちゃったゼ。有難う御座いました(2005/01/14)